3 ニューイノベーションを支えるソフトテクノロジー

◆チームプレーによる知的生産−−SINPL

既に述べたように、イノベーションとは発明・発見のレベルだけをいうのではなく、既知の技術や知見の組み合わせによって、目的達成に適合的な新しいやり方を生み出すことをいうのである。発明や発見の世界は、天才の個人的才能に依存する割合の高い領域であるが、シュンペーター的イノベーションの世界では、組織の中のチームプレーによる知的生産が主流を占めることになる。その意味で、これからの時代は、組織における知的生産性の差が、企業のイノベーション格差をもたらすことになるのである。もちろん、組織における知的生産力の水準を基本的に規定するのが、そこに集まっている一人一人の人間の能力レベルであることはいうまでもない。したがって、企業における本格的な知的生産は、色々な分野で突出した能力をもつ人々が的確にチームプレーを組むことによってはじめて可能となるといってよい。その点では、第III章で述べたように、企業人一人一人が自分なりの“考える技術”をマスターしていくことがまず基本となる。

しかし、チームプレーによる知的生産においては、個人プレーによるそれとは異なった困難が発生してくる。その中には、専門分野の違いにより互いの言葉が理解しにくいといった問題もあるが、何よりも重要なネックは、集まったメンバーが何をどのようにやりとりして目的を達成すればよいのか見当もつかず、あたら時間だけ経ってしまう中で互いに途方にくれて顔を見合わせてしまうことになりがちだということであろう。多様化し、しかもライフサイクルが短縮化する商品・サービスの開発においては、色々な分野の専門家が自在にチームを組み、短期間のうちに問題解決にあたることの重要性がますます高まってきている。しかし、互いの考え方をぶつけ、合意を形成していくソフトテクノロジーがなければ、現実には会議は空中分解してしまうだけである。そこで、ここでは、ニューイノベーションを支えるソフトテクノロジーの代表的存在であるSINPLについて紹介しよう。

SINPLとは、日立精工の設計部長である柴田祐作氏が、日立製作所のシステム開発研究所に在籍していた時に開発した合意形成のための会議術である。SINPLは、Simplified Normative Planning の略であるが、同時に、後で述べる五段階のワークショップの各々のタイトルの頭文字を結びつけたものでもある。

SINPLは、システム計画の汎用技法として開発されたものであり、従来のシステム分析が主として扱ってきた数量化モデルによる問題解決では限界的な領域、例えば社会的紛争などのような複雑な問題を解決していくためにつくられたものである。その特徴は、現実の問題からスタートする問題解決型のアプローチをとらず、当初から望ましい将来の理想像(シナリオ)を掲げ、その実現に向けてスタートしていく規範的アプローチをとっていることにある。

◆SINPL−−五段階のワークショップ

SINPLは、次に示す五段階のワークショップから構成されている(図15参照)。

  1. Scenario(S)……望ましい将来像のシナリオ作成
  2. Insight(I)……シナリオの実現を妨げる阻害要因の背後にある根本原因の洞察
  3. New-guidline(N)……洞察に基づいて従来の固定観念を脱却する新しいガイドラインの設定
  4. Plan(P)……ガイドラインに沿ってシナリオを実現するための枠組・戦略計画の策定
  5. Launch(L)……戦略に基づく実行着手計画の策定

各段階のワークショップには、最低でも各々四時間が必要とされ、全体では約二〇時間程度かかるから、生産的にワークショップを行うためには関係者(メンバー)全員が合宿し、一泊二日ないしは二泊三日のスケジュールで実施すべきであろう。各段階のワークショップの内容をさらに詳しく解説すると、次の通りである。

(1)シナリオの作成

この第一ステップのワークショップの目的は、自分たちが実現したい将来の理想をシナリオの形で具体化していくことである。したがって、大は企業の事業領域の設定(戦略ドメイン)から、小は個々の商品・サービスのイメージの明確化に至るまで様々なレベルが存在する。

具体的作業としては、チーム全員でブレーンストーミングを行い、チームメンバーは思いついたアイディアをカードに書いてリーダーに提出する。リーダーは、チームメンバーと討論しながら、出されたカードを分類・体系化し、皆が納得するような一つの調和したシナリオを作成する。SINPLでは、最初に望ましい将来像を掲げ、その実現に向けてメンバーの英知を結集していくアプローチをとるから、この第一ステップで行われるシナリオの作成が何よりも重要となる。メンバーの各々が、実現したいと思うシナリオが作成できなければ、以下のステップで知的対決を追られる辛い議論を続けていく根気やエネルギーが湧いてこないからである。その意味で、リーダーは皆が納得し、やる気を出すようなシナリオが出来るまでこのステップに十分時間をかける必要がある。

今一つ重要なことは、卓越したリーダーの存在がSINPLの成果を左右するということである。メンバー各自の出してくるカードが自動的に集約され、構造化されてシナリオができるわけではないから、その役割を担うリーダー次第で、せっかく出されたカードが生きも死にもするのである。企業の取り組む主要なタスクにSINPLを適用する場合、リーダーには自社の抱えるスーパージェネラリストをあてることが望ましい。

(2)根本原因の洞察

このワークショップでは、前ステップで作成したシナリオを実現していくために、阻害要因となるであろう現象を整理し、その背後にある原因のメカニズムを摘出することが役割となる。

具体的作業としては、まずメンバー各自がシナリオの実現を阻害する具体的な障害についてカードに書いて提出する。次いで、そのカードを問題の性格によってグルーピングする。メンバーは、グループ分けされたカード群を見ながら、なぜそのような障害がもたらされたのかについて討論を進め、背後にある本質的な原因を見出していくのである。

このプロセスを生産的に進めていく上で重要なことは、パーソナルコンピュータを用いた意思決定支援システムの助けを借りることである。ここではその代表的な手法を二つ紹介しよう。

一つは、世界的に有名なシンクタンクであるアメリカのバッテル記念研究所が開発したISM(Interpretive Structual Modeling)という手法である。この手法は、会議においてブレーンストーミングなどの方法によって提起された問題群について、問題間の相互関係を一組ずつ取り出して一対比較法で調べあげ、関係のある要素同士を線で結んだり、グラフにして示すもので、この作業をパソコンで実行するのである。エネルギー問題に実際にISMを適用した例を図16に掲げておくので参照されたい。

今一つの手法は、日立製作所のシステム開発研究所が開発したもので、問題群を摘出した後、一つ一つの問題間の関係を、重要度(例えば問題AとBはどちらがより重要かという問いによって、順次問題間のウエートづけをする)や緊急度という二つの軸によってウエートづけし、コンピュータのディスプレー上に空間配置していくものである。柴田氏と私が参加したあるエネルギープロジェクトの中で実際に適用された例を、図17に掲げておく。

このような二つの手法は、我々が複雑な社会現象などの問題の構造を明らかにしていく時に極めて大きな役割を果たしてくれる。問題相互間のウエートづけされたディスプレー上のグラフを参加メンバーが参考にしながら、より本質的な問題に関する討論を深めることが可能となるからである。

(3)新しいガイドラインの決定

このワークショップでは、次のステップで樹立する戦略の前提となる基本的な方針を策定するのが役割である。具体的なやり方は、前ステップで提示された根本原因の一群に対し、まず個別にそれを解決していくためのアイディアをカードに記入して並ベ、次に提案されたアイディアのカードを皆で検討しながら共通項をグルーピングしていくものである。根本原因を解決する方法(アイディア)を検討する場合には、オーソドックスに真正面から原因を解消していくアプローチだけではなく、それを迂回したり凍結したりする他のアプローチも念頭に置くことがポイントとなる。

(4)戦略計画の策定

ニューガイドラインという組織にとっての目標を、次の実行着手計画へ結びつけていくための基本的な枠組を用意するのが、本ステップの役割である。このステップは、一般に各企業で行われている中・長期計画の策定と同じであり、事業戦略、機能別戦略などが相互に整合性のとれた形で策定される必要があることはいうまでもない。

(5)実行着手計画の策定

当面数カ月の間の行動計面をつくるのがこのステップの役割であり、いつ、誰が、どこで、何をやるかの中身を詳細に定めることになる。可能な限りPERT(計画の実現に至るまでの主要な作業の工程をネットワークの図に示したもの。これによって、どの工程がネックになるか分かる)のような工程図を書いて、誰の目にも手順が分かるような計画をつくるのがポイントである。

以上、ニューイノベーションを支えるソフトテクノロジーとしてSINPLを紹介した。もちろん、そのようなソフトテクノロジーはSINPLだけではなく、ポリシー・デザイン法というSINPL法と双璧をなす手法もある。

また、問題構造を明確化する手法には、紹介したISMだけでなくDEMATEL(バッテル研究所)やPPDS(日立製作所)などの手法がある。重要なことは、このようなソフトテクノロジーの長所をよく研究し、自分たちの組織に合った方法に改良し、日常的な知的生産のプロセスにおいて精緻化していくことである。このような武器を身につけた企業が、これからの知的生産時代のリーダーシップを握ることができるのである。


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