4 ニューイノベーション・マネジメント

◆先端技行革新を勝ち抜くマネジメント

戦後の日本企業の成功は、生産やマーケティングの現場で細かい改善を積み重ね、良い品質の安い製品を市場に送り届けるという、オペレーショナルレベルの経営に徹することによって実現されたものである。欧米企業が戦略レベルでの経営を重視し、製品そのものの革新(プロダクト・イノベーション)によって成長を志向したのに対し、わが国の多くの企業は、技術導入という形で新しい製品を受け入れ、生産工程における絶えざる革新(プロセス・イノベーション)に取り組むことによって高い生産性を実現し、対外優位を確立してきたのである。このような二番手戦略は、彼我の実力が大きく隔たっており、しかも、先方が喜んで売ってくれる多くの技術が存在している時代には、フォロワーにとって極めて適合的なものであった。

ところが今では状況が大きく変化し、このような二番手戦略がとれなくなってきている。その第一の理由は、石油ショック以降の世界的不況の中で、さらに徹底したオペレーショナルレベルでの取り組みを行い、唯一良好な経済パフォーマンスを発揮した日本企業が、一九七〇年代後半において技術水準の面においても欧米企業にライバル視されるところまで成長し、これまでのように簡単に技術を売ってもらえなくなったことである。今一つの理由は、八〇年代に入ってマイクロエレクトロニクス、バイオ、新素材を中心とする技術革新が急速に進み、この先端技術革新の成果を取り入れられない企業は没落せざるを得ないことが誰の目にもはっきりしてきたことである。要するに、現在わが国企業は、誰の力も借りないで製品革新につながる自主・独創技術の開発に取り組まねばならなくなっできているのである。

それでは、わが国の企業はスムーズに自主・独創技術の開発を進めていけるのであろうか。どうやらそう簡単にことは運びそうもない。次にその理由について見てみよう。

(1)創造性を阻害する社会風土

イノベーションとは、要素の新結合や創造的破壊を意味するから、知識とか勤勉だけでなく何よりも現状からかけ離れた非直線的なイマジネーションを必要とする。ところが、わが国は人並み意識が先行し、突出すると“出る杭はうたれる”社会である。とりわけ、創造的な技術革新のためには教育が重要な役割を占めるが、わが国では“東大一直線”ということで小さい頃から画一的な受験勉強の世界に放り込まれる。もちろん、教育の内容は現在の社会パターンの再生・継続を主眼とする保守的教育がほとんどで、生徒の自主性を尊重する革新的教育は例外的である。このような社会からは、とても画期的なイノベーションを生むような風変わりな天才は出てこないだろう。

しかし、自由の国アメリカでさえ、最初(十九世紀)の工業化技術はイギリスから導入し、プロセス・イノベーションの積み重ねによってアメリカナイゼーションしたのであり、エジソンやベルが生まれるまで約五〇年かかり、デュポン社のナイロンの発明までにはさらに五〇年かかっている。わが国は明治維新以来約一〇〇年、戦後の欧米からの技術導入の歴史が約三〇年であるから、約五〇年が経過する二十一世紀になってようやく画期的イノベーションが出てくるのかもしれない。その頃には、感性新世代といわれる若者たちも中年に達し、成熟化の進行のもとで人々が多様な生活を展開しているような社会も実現している可能性が高いからである。

独創性の高い革新的なイノベーションというのは、そのような社会的土壌のもとではじめて生まれるものなのではないだろうか。何よりも、色々な変わり者がたくさん輩出し、様々な画期的イノベーションを競って生み出すような社会は、恐らく自由で余裕があり、我々にとって面白い社会といえるだろう。その意味で画期的イノベーションを生み出していくための取り組みは、単に産業からの要請という視野からだけではなく、トータルな社会的政策課題として位置づけられなければならないと思う。

(2)社会的インフラストラクチャーの遅れ

ここでいう社会的インフラストラクチャーとは、調達可能な基礎的な科学技術知識のストックのことをいう。わが国では、大学、国、企業とも応用志向性が強く、科学技術ストックが相対的に小さいことから革新的技術シーズの創出力も弱いというのが実情であろう。

近年、日米欧における先端技術開発をめぐる競合の中で、技術摩擦が問題となりつつあるが、わが国が一流の技術先進国となったなどというマスコミの報道に浮かれていると、そのうち手痛いシッペ返しを受けることになろう。現に、議会が攻撃の先頭に立つアメリカでは、当事者である科学者や技術者は一様におうように構えているといわれる。これは、科学技術ストックにおける日米の極めて大きな格差を彼らがよく知っているせいである。例えば、二十一世紀の材料といわれる有機材料の分野ではあらゆる基礎データや情報はアメリカに集中している。同じく二十一世紀の技術といわれるバイオテクノロジーの分野にしても、基礎となる種子の保存量やデータベースは比較にならない。人工知能や宇宙工学の分野でも、その技術水準や情報量は全く問題にならないほどかけ離れているといわれている。

このような状況の中で、基礎的研究分野においてアメリカに追いつき追いこすことは容易なことではない。しかし、現代の極めて巨大な投資を必要とする科学技術の世界では、マクロ的に見れば投資は必ず報われるという当然の原理が支配している。したがって、軍需分野に特化しているアメリカに対し、民生分野に焦点を絞って投資を行っていくことが重要であろう。具体的な取り組みにおいては、原理・原則に追る大学の基礎科学、技術シーズ創出に追る国公立部門の基礎的研究、シーズとニーズを結合させた革新的技術創出に追る企業の基礎的研究のそれぞれのレベルで適切に役割分祖を行い、有機的連携を図りながら大幅に機能を強化していくことが求められる。

(3)日本的経営の制約

過剰なまでの日本的経営の成功が、今日、わが国企業が新しい時代へ脱皮していく上でかえって桎梏になっている。わが国の大多数のメーカーは、これまで徹底した工程革新によって高い生産性を達成し、国際的な比較優位の地位を実現してきている。物的生産至上主義のもとで、効率一点張りのこのような取り組みが史上例を見ないほどうまく機能してきたために、わが国ではトップから末端の従業員に至るまで輝かしい成功体験が抜き難く身についている。

このことが、知的生産をベースとする製品革新型戦略の展開にとって極めて大きな制約条件になっている。そこでは、これまで蓄積してきたノウハウや見えざる資源を根本から作りかえ、日本的経営を超える新たなマネジメントの確立を求められているからである。個人のかけがえのない個性を尊重し、自由闊達な風土の中から画期的イノベーションを生み出していくためにも、ホロニック・マネジメントの展開が不可欠なのである。

ここまで、自主・独創技術の発揮を妨げるわが国固有の条件について見てきた。企業の立場からすると、これからは先端技術革新に勝ち抜くニューイノベーション・マネジメントが何よりも求められているのである。この点で、八四年アメリカの『フォーチュン』誌の行ったアンケート調査の結果が参考となる。同誌は、イノベーション推進力をもつといわれるアメリカの革新的大企業(例えば、アメリカン・エアライン、アップルコンピュータ、キャンベルスープ、GE、インテル、メルク、スリーエム、フィリップモリス等)を調査し、各企業に次の八つの共通点があることを指摘している。

  1. 「現状維持では生き残れない」という危機感が全社に満ちている。
  2. 社内のコミュニケーションが良い。
  3. 社風が明確。
  4. 新しいアイディアの追求分野を得意分野に限定。
  5. 新しい事業には慎重かつ段階的にアプローチし、失敗のリスクを軽減。また、よほどのことがない限り失敗しても罰しない。
  6. マーケティングに重点を置き、顧客ニーズを最優先している。
  7. 取益力が高く、古い社歴にもかかわらず、競争相手より高い成長性を維持している。
  8. 権限委譲的組織をもっている。

なかには、(7)のように原因というより結果を示すような項目もあげられているが、全体としてこのような特徴をもつ企業がイノベーション推進力をもっているであろうことには誰しも異存はないであろう。

今後のニューイノベーション・マネジメントは、このような包括的な広がりをもった取り組みとして展開される必要があろう。この点に関しては、さらに最終章で敷衍することとし、ここではもう少し的を絞って、技術・研究開発の側面においてわが国企業が取り組まねばならないニューイノベーション・マネジメントの課題について指摘しておこう。

◆ニューイノベーション・マネジメントの課題

(1)コンパウンド・テクノロジーの確立

コンパウンド・テクノロジーとは、エレクトロニクス、メカニカル(精密機械)、光学、生命工学、新素材を加えた諸技術の複合化を意味する言葉であり、最近では、異種の技術のドッキングにより新しいものを生み出そうという意味で用いられている。従来のように、化学屋だの電気屋だのといって自分の狭い専門分野に閉じ込もり、ひたすら深い穴を掘ろうとしたのでは、新しい複合技術を生み出し、そこから魅力ある製品を世に送り出すことはできない時代に入っている。そのために、企業の現場では様々な工夫が行われてきつつある。

例えば、オリンパス光学工業では、プロジェクトチームを構成する際に、電子・精密・光学・化学・金属などの技術者をミックスして相乗効果をねらっている。また、カーエアコンの大手メーカーのサンデンでは、社員全員が参加して個別の研究テーマや技術開発について「社内技術学会」を発足させ、各分野の専門情報の交流を通じて全体の技術開発力の向上に力を入れている。あるいは、研究開発の途中から発想の変わった人間が加わるプラス効果を考え、積極的に技術者の中途採用を行っている精工舎のような企業も増加している。また最近では、技術者が自分の専門と全く関係のない社外の勉強会やインフォーマルなネットワークに参加し、異なる発想や手法を学ぶことによって自分自身の壁を破ろうとする試みも増えている。企業は、このような動きを積極的に奨励するとともに、専門や立場の違う人間相互の間で合意を形成していくSINPLのような方法を自社向きに開発していくことが必要であろう。

(2)技術を軸とした提擦・合同の推進

技術の複合化や陳腐化のスピードが極めて早いハイテク社会においては、自社の努力だけでは限界のあることも多い。的確に競合状況を判断し、必要なら外部の経営資源を活用する柔軟性をもたなければ、とても生きていけない時代に入っている。その典型的な例は、自社にとって必要な技術を企業ぐるみ手に入れた京セラによるヤシカの吸収合併であろう。このケースは、ヤシカのブランドと技術力に目をつけた京セラが、メカトロニクスやオプトエレクトロニクス分野への進出のために行ったものであり、技術軸から見ると電子と光学・精密との合体である。

今一つの典型的ケースは、富士通、オリンパス光学工業、旭化成工業の各社が、相互に技術を補完しながら共同で光ディスクを開発した例である。

ミネベアによる三協精機製作所の合併工作が新聞紙上を賑わしたように、これからは技術を軸とする本格的な企業買収が、当たり前の経営技術として用いられるようになるだろう。

(3)国際技術戦略の確立

企業活動のグローバル化に伴って、わが国企業が的確な国際戦略を構築していくことがますます重要になってきている。このことは技術・研究開発分野においても例外ではない。むしろ、汎用的なノウハウである技術という商品は、特定のユーザーを想定する製品と異なり、国境の壁という制約を超えてリアルタイムで流通するという性格をもっているからなおさらである。

近年、わが国の大企業の間でアメリカを頭脳基地として位置づけ、ハイテク製品開発のための研究所や開発型工場を設ける動きが活発化している。京セラは八六年夏までに、アメリカ北西部のワシンン州バンクーバー市にファインセラミックを中心とする新素材の研究所(数十人規模)を設立する。住友電工も八六年末までにノースカロライナ州に光ファイバーケーブル工場を建設し、光ファイバーやガリウム砒素などに関する研究所(当初三〇〜四〇人規模)を併設する。TDKは八五年三月、通信・ニューメデイア機器用などハイテク分野に的を絞った電子部品の試作工場を設立した。

これらの研究所は、いずれも研究者の大半をアメリカの大学や企業からスカウトする予定である。この他にも、本田技研工業や東芝などがアメリカでの研究拠点設置を検討している。このように、ハイテク分野に関わる基礎的研究分野で先行しているアメリカ企業と日本企業が互角の勝負をするためには、社会的インフラストラクチャーの活用や優秀な人材の確保等の面からも、研究所の海外立地は避けられない方向といえよう。

本来、莫大な投資を必要とするハイテクノロジー産業においては、投資回収のために当初から海外市場までを考慮に入れた意思決定を求められるのが普通である。海外企業との技術提携、国際的コンソーシアムによる開発リスクの軽減、基礎研究所の海外立地、中進国や発展途上国への技術移転など多様な政策課題に関し、自社なりの的確な国際技術戦略を構築していくことが、今後の企業の運命を左右する重大なポイントとなろう。

(4)柔軟な研究管理方式の開発

いくら立派な設備を作り、巨額の資金を投下しても、必ずしも研究成果が上がるという保障はない。やはり最後は技術者一人一人の能力とやる気が決め手となる。したがって、企業としては知的生産の原理・原則を踏まえ、研究員のモラールを高めるような柔軟な研究管理の方式を実施していく必要がある。とりわけ、R&D部門の技術者は近年の絶えざる技術革新の真っただ中で、加速度的に増大する仕事や緊張、さらにはストレスにさらされて疲労感にむしばまれているだけに、この問題への取り組みは極めて重要である。

最近、大企業の研究所では決められたテーマとは別に一定の枠内で各研究者に自主研究の時間と予算を与える、いわゆる“アングラ研究”を認め、成果を上げるところが増えている。例えば、東芝の総合研究所では「アンダー・ザ・テーブル」という名で研究者の研究時間や開発費のうち一〇%を限度に、本人が好きな研究をすることを認めている。また、日本電気基礎研究所でも「アングラ研究」の名のもとに一〇〜二〇%の枠内で自主研究を認めており、東レでは各研究者が自主的なテーマをもって、そこに頭の持ち時間の二〇%を向けることが奨励されている。このような動きは、研究所内に自由な雰囲気をつくって、自主的で型破りな研究を進める土壌の中から独創的なイノベーションを生み出そうとするねらいをもっている。

また、キヤノンのように技術者が五〜一〇人の小グループに分かれ、思い思いのテーマ研究を自主的に実施するという小集団活動を行っているケースもある。企業として効率的に研究開発を進めていく場合、どうしても新しい課題にチャレンジする部分と、単純作業の繰り返しの部分とに二極分化しがちであるだけに、このような取り組みによって技術者のモラールを維持・向上させていくことが必要であろう。むしろ今後は、組織の効率を重視する前者の方法の中からではなく、個人の尊重を重視する後者の自主的な取り組みの中から実り多い研究成果が生まれてくるかもしれない。

ニーズ重視型の技術開発においては、技術者の視野を拡大し、再活性化するための様々な方策がとられている。例えば、高純度化学材料開発のトリケミカル研究所では、技術者を二〜三年おきに開発、製造、営業と配置転換する独自のローテーションを採用している。また、プリント基板の大手メーカ−利昌工業のように「技術陣が開発した商品は、月商一〇〇〇万円程度に育つまで技術陣が責任をもたされる」というシステムを採用しているところもある。いずれの例も、狭い技術の論理でモノごとを考えがちな技術者に、広い意味での営業マインドをもたせ、開発能力を高めようとする工夫である。いずれにせよ、独創的なイノベーションを進めていくためには、自社の特徴を生かした独自のルールに基づく柔軟な研究管理方法を確立していくことが求められよう。

以上、技術・研究開発の側面に関わるニューイノベーション・マネジメントの課題について見てきた。これまで工程革新に慣れ親しんできた大多数のわが国企業にとって、ここで述べた製品革新につながる諸方策を実現していくことは、それがパラダイムの転換を必要とするものだけに並大抵のことではない。しかし、これをやり遂げることのできる企業だけが、真のイノベーターとしてハイテク社会を生き抜いていけるのである。


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