第VI章 情報革命時代の情報戦略

1 再びミス(MIS)をしないために−−新・経営情報システム論

◆内部情報から外部情報ヘ

一九六○年代半ば、わが国のコンピュータリゼーションの初期の頃、企業の中で経営情報システム−−MIS(Management Information System)に関する論議が華やかに交され、各社が競ってMISの開発に取り組んでいたことがあった。経営の意思決定にとって必要なあらゆる情報をコンピュータに覚えさせ、必要な時に引き出して利用しようというものであった。ところが、現実にインプットされた情報は、企業の日常業務から発生するオペレーショナルレベルの過去のデータが中心であり、MISがトップマネジメントの戦略的意思決定にとって実質的に役立つものにならなかったため、ほとんどの企業でものの見事に失敗した。

当時構想されたMISの概念は、図18に示すような三層のレベルからなるもので、三角形の底辺の部分がいわば企業の生理現象に関する様々な基礎的なデータ処理を行うオペレーショナル・コントロールのレベル、その上にマネジメント・コントロールのレベルがあり、三角形の一番上に長期戦略策定のための支援情報の問題があるという位置づけが一般的であった。そのため、戦略策定のための情報処理システムが他のレベルの情報処理システムと同一の思想で設計されるという誤まりが生じ、そのことがMIS失敗の原因となったのである。システム工学の権威者であるH・A・サイモンは、MISが定着しなかった基本的原因として次の四つをあげている。

(1)情報に対する注意力、すなわち情報利用能力の不足

(2)企業業績の記録中心で、トップの意思決定のための必要情報無視のシステムデザイン

(3)トップマネジメントの必要情報が、社内情報よりも社外情報であることの誤認

(4)トップマネジメントの必要情報が、数値情報ではなく叙述的な定性情報であることの誤認

しかし私には当時サイモンの指摘する四つの要因について企業内に正しい認識があったとしても、六〇年代半ばのあの時期にトップにとって本当に役立つMISをつくることは不可能だったと思われる。いつの時代においても、企業にとって必要となるあらゆる情報を一社単独で完壁に収集し、コンピュータにインプットすることなど不可能である。したがって、企業としては、自社に関する情報やどうしても必要な外部情報については最低限収集するが、その他の情報については外部の情報に頼らざるを得ない。ところが、当時は、企業にいながらにして外部のデータベースにアプローチすることは極めて困難であった。一つは、日経のニーズIRに代表されるような、新聞や雑誌情報などの事実に関する定性情報のデータベースサービスがなかったし、今一つはネットワークの中で通信端末としての機能をもつパーソナルコンピュータのような、卓越したハードウェアがまだ存在していなかったからである。いずれにせよ、情報社会の入り口にさしかかっているわが国では、社会的生産の中核が物的生産から知的生産へと移行しつつあり、既存の様々な秩序が急速に崩壊してきている。このような融業の時代には、企業は既存の事業にだけしがみついているとあえなく倒産の憂き日にあうことになる。何よりも重要なことは、構造変化を遂げつつある環境を的確に把握し、新たなビジネスチャンスを見出していくことなのである。その意味で、企業の戦略的意思決定にとって外部の定性情報のもつ意味は、ますます大きくなってきているのである。

技術論で有名な帝京大学教授の星野芳郎氏が、かつて著書『技術革新を読む目』(光文社)の中で、経営情報システムとパーソナルコンピュータとに関連しで、概略次のようなことをいわれたことがある。「十年前の中型機の能力をもち、しかも通信端末としての機能を併せもち、パーソナルユースということで本質的に分散的利用に適するパソコンの普及は、こういう機能が全面的に活用されれば、既存の官僚的な企業組織を根本的に崩すことにつながっていくだろう。しかし、大規模化し官僚化した企業組織では、ピラミッド組織による権力機構がきわめて根強いので、末端の大多数のパソコンはその機能を殺されて、重要な情報から閉め出され、結局は大型コンピュータを頂点とする情報処理システムの中に組み込まれていくであろう。(以下略)」(強調は筆者)

この意見の中の「企業の官僚的な権力機構が極めて強力な力をもつ」という指摘は正しいし、私も賛同する。しかし、企業をとりまく環境の構造変化の中で、環境に適合することによってのみ存続可能な企業にとって、もはや、従来の組織・機構をそのまま維持していこうということではとてもやっていけない。この点については、既に第I章「ホロニック・マネジメントの時代」の中で指摘したことである。その意味で、最後の「パソコンがその機能を殺され、重要な情報から閉め出される」という認識は、既に何度も述べた通り誤まりである。企業にとって今一番重要なのは、内部の経営諸指標に関する数値情報ではなく、自社の事業の存否に関係する外部の定性情報だからである。また、高度に発達したネットワークを通して世界中のデータベースに自在にアプローチすることのできる今日、自社のパソコンにだけそのような機能をもたせないことなど到底できないし、何よりもそんなことをすればライバル企業を喜ばせるだけである。

◆ホロニック・マネジメントを支える新システム

これまで、企業が強力なヒエラルキーの構造を維持してこられたのは、それが同時に情報のヒエラルキーとして機能してきたからである。市場に圧倒的に物財が不足していた時代、したがってメーカー企業が、“作り手”として圧倒的に力をもっていた時代には、物的生産をより合理的に進めるための内部の管理情報が外部の市場に関する惰報より相対的に重要であった。したがって、末端の一現場ではその部署の情報しか把握できないが、課長→部長→担当常務→社長と階梯を上るほど多くの情報を入手しえたから、圧倒的な情報力の差で実質的にリーダーシップをとれたのである。

しかし、現在ではこの構造は一変した。もちろん、内部のインテリジェンスに関する情報(各人の収入・昇進・昇格に関する事前情報、および工場や研究所の立地、研究開発投資等に関する惰報など)に関しては従来の構造は生きている。しかし、企業にとって最も重要な情報は、事業創造に結びつく市場に関する外部情報である。となると、車で自宅と会社と料亭の間を送り迎えされることの多い重役陣より、市場に近い所に身を置き、絶えずセンシティブに人々の生活を観察している末端の一セールスマンのほうが、密度の濃い情報をもっている可能性も高いのである。

それでは、このような時代の経営情報システムはどのようにイメージされるべきなのであろうか。私は、概念的には図19に示すような形になると思う。ストラテジックな意思決定に関わる情報は基本的には様々な外部のデータベースに依存し、内部の惰報に関してはマネジメント・コントロールレベルまでのシステムとして位置づけるのである。ハードの構成としては、中央の大型コンピュータを中心としたパソコンネットワーク化による分散処理が本命になると思われる。もちろん、このようなネットワークは、本社や工場など一事業所内にとどまらず全社的なネットワークを構成するし、各種のVANサービスを通して他の会社やグループのネットワークとも連結する。現場の情報はパソコン端未を通してインプットされ、中央コンピュータで自動的に編集され、社内データベース化される。当然、各端末から必要なデータはいつでも検索可能である。もちろん、オペレーショナルレベルやマネジメントレベル以外の情報も入力可能であるから、各々の企業人が外部との接触で得た市場等に関する非公式な情報を、いつ、どこで、誰と、どんな内容の情報を得たかなどの項目でインプットし、内部管理用とは別に、戦略的意思決定を支える独自のデータベースとして構築することも考えられる。

このような新しいMISの構築という技術的な基盤が整備されることによって、はじめて企業は自律と統合を基軸とするホロニック・マネジメントを展開することが可能となるのである。第I章で述べた「構造的な変化を遂げつつある市場への適合という客観的条件」と、「企業構成員の変容に対応する新たな組織の必要性という主体的条件」に加え、本稿で述べた基盤技術としての情報・通信技術とデータベース(MISを含む)の発達という、いわば三つの条件がタイミングを合わせて登場してきたことが、ホロニック・マネジメントの可能性をより現実のものにしつつあるのである。当面の変化としては、基本戦略をサポートする戦略スタッフ部門の強化という集権化の方向と、個別事業単位での柔軟な事業革新への取り組みの奨励という分散化の方向が同時進行することになろう。

現在、情報化の進行のもとで“中間管理職中抜き論”なるものがジャーナリズムを賑わしている。前述したような新しい経営情報システムが整備されるにつれ、従来、現場の情報を集約してトップに届ける役割を果たしていた中堅幹部の機能が必要なくなるという議論である。もちろん、中堅幹部が単なる情報リレーの中継役としての役割しか果たさなければ、その存在は必要なくなるだろう。しかし、システムに乗らない混沌とした定性情報をぶつけ合う中で新しい情報創造を進めていくことが重要な時代には、第一線で働く人々の感度の高い情報にもアクセスでき、一方で、経営トップの気持ちも理解できる中堅管理職は、企業が新たな事業創造を行っていく上で最適の位置にいるというべきであろう。単なる管理屋として存在するのではなく、“この指止まれ”の方向を明快に打ち出し、同好の士を結集して、自社の未来を切り開く新たな事業の創出に情熱をもって取り組む企業内企業家の道が、新しい時代に中堅管理者が生き残るための唯一の方向なのではないだろうか。


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