2 ノウハウからノウフーの時代へ

◆ニューメディアの本命−−パソコン通信

一九八五年は、日本におけるネットワーク元年といってよいだろう。もちろん、八五年四月の通信自由化がその直接のきっかけになっていることはいうまでもない。しかし、本格的な公衆VANのサービスが開始される前に、本当の意味で人々のコミュニケーションを促進し、多様なネットワーキングの成立を可能にさせる条件が整いつつある。それは、第I章でも紹介したパソコン通信(テレコンピューティング)の普及である。既に、郵政省の音頭で、日本電気、東芝などメーカー一二社の互いに異なったパソコンを相互に接続する通信装置も出来上がり、八五年秋から各社で発売される予定になっている。また、日本電信電話株式会社(NTT)は、ソフトウェア・ハウスのロジック・システムズ社と共同で、NTT・P・C・コミュニケーションズというパソコン通信専門の子会社をつくり、八六年秋から本格的なサービスを開始する予定である。

近年、ニューメディアという言葉がマスコミ誌上を賑わしている。現に、東京三鷹市で大々的にキャプテンの実験も行われている最中である。しかし、ビデオテックスなどシステムの中核を構成する端末の機器が高いことと、ユーザーの必要とする情報サービスが必すしも十分提供されていないことなどもあって、ニューメディアという言葉の華かさとは裏腹に実態はまことにお寒い状態であるといえよう。その中にあって、ようやく、今後のニューメディアの本命がパソコン通信であることが明らかになってきたといえるのではないだろうか。わが国には既に三〇〇万台近くのパソコンが普及しているのであるから、それらを相互に接続してネットワーク化すれば、社会的に見ても極めて安上がりで効率のよい双方向のコミュニケーションが可能となるのである。そうなれば、買ってはみたもののベーシックなどという奇怪なコンピュータ言語をどうしてもモノにできず、ホコリをかぶったまま放置されていたパソコンもよみがえるのである。また、コミュニケーション・ツールとしてのパソコンの役割が見直されると、通信機能を内蔵したパーソナル・ワークステーション型の多機能パソコンの安いものが開発され、急激に需要を開拓していく可能性がある。

◆日米のパソコン通信の現状

ついで、現状のパソコン通信について見てみよう。最も本格的なサービスは、第I章でも紹介したアメリカの「ザ・ソース」である。アメリカのソース・テレコンピューティング社(本社バージニア州)のサービスで、わが国では本多通商(本社東京)が八三年秋から窓口となっている。ザ・ソースのサービス内容は、表7に示すように広範囲にわたっている。現在、約六万三〇〇〇人(そのうち日本人が約八〇〇人といわれている)の会員がおり、当分年率八〇%近い伸びが期待される繁盛ぶりである。

ザ・ソースの特徴は、六万三〇〇〇人の会員のうち自由意思で一万人のメンバーが登録している会員名簿が自由に検索できることである。名簿には自分の関心事を七つまで登録しておくことができるから、場所と職業と専門(あるいは関心)領域の組み合わせで、メンバーの中から自分の探したい人をたちどころに見つけ出すことができる。後は、電子メール機能を使ってその人とやりとりすればよいのである。一万人という巨大な人的データベースを利用して、自分が一面識もない外国の人と時間と空間の壁を超えて自在にコミュニケーションができることの意味は、果てしなく大きい。

ザ・ソースに次ぐアメリカのバソコン通信は、ゼネラル・ビデオテックス社(本社マサチューセッツ州)のサービスしている「デルファイ」である。日本ではコムネックス(本社東京)が代理店になっている。現在、会員は約五〇〇〇名といわれ、月間一〇〇人程度の新規加入があると見られている。サービスの内容はザ・ソースとほぼ同様であるが、同社の場合データベースサービスに特色がある。世界最大の情報検索サービス会社ダイアログ社の二〇〇以上のデータベースをはじめ、合計八〇〇に上るデータベースサービスを行っている。また、同社では八五年一月からわが国で電子メール機能を利用した自動翻訳サービスを開始している。一般に、パソコン通信で海外の人とメッセージをやりとりする場合は英語を使うから、我々日本人の苦手な英作文とやらをやらなければならない。有り難いことに、このシステムでは、日本語をローマ字で打ち込めば、約五時間後に英語やフランス語に翻訳してメッセージを伝えてもらえるのである。もちろん、逆も可能である。わが国では、八五年四月からようやくこの種の事業が合法的になったばかりで、本格的なパソコン通信はこれからである。最大のネットワークは第I章で紹介した「アスキー・ネットワーク」であるが、アマチュアベースのものも含めると二〇〜三〇は存在すると見られている。アスキーに次ぐ規模のネットは、日本航空の「JAL旅行情報システム」で、現在約一〇〇〇名の会員に対し、

  1. 航空機の時刻表、
  2. 海外のコンサートやミュージカルなどのイベント案内、
  3. 海外の生鮮食品を中心としたショッピング、
  4. 不特定多数の会員間で情報をやりとりする伝言板、
  5. 特定の相手にメッセージを送る電子メール、などのサービスを行っている。

その他、草の根的なネットワークを展開しているユニークなパソコン通信も増えてきている。代表的なところでは、東京目黒の東栄企面の主催する「COLONY」(会員約四〇人、情報交換のためのMAILや未来について語り合うFUTUREなど六つのサービスを実施)、千葉県松戸市のソフトハウス「CANS」の主催するCANS(会員約四五〇人、パソコンの技術相談や中古品売買、地域データベースのサービスを実施)、東京築地の鮮魚商「堺幸」の田中社長と同氏の英会話の先生フィッシャー氏の主催する「BeeLINE」(会員約一八〇人、うち三分の二が在日外国人、パブリックボードやプライベートグループボードなど五つのサービスを実施中)などがあげられる。

◆パソコンネットワーキングによる知的生産ヘ

この辺で、パソコン通信のネットワークが拡大していくことの意味について考えてみよう。他のニューメディアに見られないパソコン通信の本質は、ほぼ完璧な双方向のコミュニケーションが実現できるということである。ザ・ソースを例にとると、六万三〇〇〇人のユーザーが表7に示すCOMMの機能を使って、一対一であろうと複数同士であろうと好きな時に自由にコミュニケーションできるのである。しかも、相手はほとんどの人が一面識もない人々なのである。このようなハードなシステムとしてのパソコンネットワークの網の目が拡大していくことによって、多様な人々のインフォーマルなネットワーキングも同時に拡大し、地球上に新しい有機的な神経系が張りめぐらされていくことになるのである。

パソコンを利用したネットワークの展開には、大別すると二つの方向がある。一つは、中央の大型コンピュータにデータベースをもち、パソコン端未を通して情報サービスを行うタイプのものである。その代表的な例は、産業・経済分野ではアメリカのダウジョーンズ社のサービスや、わが国の日経テレコムのサービスであろう。このタイプのネットワークの特徴は、サービスの対象範囲が広く、サービス料金の安いネットワークが生き残るということである。したがって、本来排他的な性格をもち、性格の類似する他のネットワークと共存できないのが特徴である。

これに対し、今一つの方向は双方向の会員間のコミュニケーションを基礎とするネットワークの展開である。大はザ・ソースやデルファイなどから、小は無数の草の根ネットまで様々である。このネットの特徴は、商業べースでのサービス内容やサービス提供コストで互いが食い争うタイプではないから、新しいネットワークの誕生は将来交信可能な仲間が増えることを意味する。これまで、世界各地で展開されているインフォーマルなネットワーキングの活動をしている人々が日常的に接触し、相互に経験や知恵を交流することは不可能であった。しかし、これからは何の造作もなく互いのやりとりが可能となるのであり、そのことが本格的な知的生産時代の幕開けを象徴しているのである。

パソコンネットワークの張りめぐらされる時代には、ビジネスの世界でも大きな変革が予想される。例えば、情報入手に関しても、電子のスピードで世界中の専門家からホットで精度の高い情報を入手する可能性が高まってくる。これまでだと、まず誰が情報をもっている人間なのかをリストアップするだけで一苦労であった。仮にそれが出来たとしても、その上で相手に電話なリレターなりを届け、アポイントをとって会いに出かけていかなければ話は始まらなかった。首尾よく目的を達成したとしても、例えば日本とアメリカの間で以上のプロセスを終えるとすれば、最低でも一カ月はかかるであろう。その手間を低減し情報入手の効率を高めようとすると、総合商社のように世界各地にすぐれたインフォメーション・スペシャリスト(情報の所在にアプローチする技術の専門家)を配置せねばならず、極めて高くつくことを覚悟しなくてはならなかったのである。

ところが、ザ・ソースを利用すると、一万人に上るメンバーリストの中から自分の求める人をたちどころに探し出し、パソコンを通した知的対決を行うことによって、互いにメリットのある情報創造をすることが可能となるのである。これまでは、よりインテリジェンスの高い情報を入手しようとすればするほど、組織的なアプローチが必要で、とても個人には手の出ない世界であった。しかし、パソコンネットワークの拡大によって、情報の入手は組織が金にものをいわせる時代から、個人が知恵を働かせて入手する時代に変わりつつある。前節で述べた企業情報システム(MIS)も、このような外部のパソコンネットワークと連結し、ネットワークの結節点にいて自在に他のメンバーと情報のやりとりをすることができる卓越した個人の能力に支えられて、はじめて十分に機能を発揮していくことができるのであろう。

情報社会の本格的な進展のもとで既存の秩序が崩れつつある時代には、たちまちのうちに陳腐化してしまう可能性のあるノウハウをたくさん集めることよりも、変化の現場で鮮明に問題をとらえ、自分なりの意味づけと問題解決の方向を模索している人間の所在を知っていること−−ノウフー(knowwho−−誰がどこにいるかを知っていること)のほうが重要になってくる。インフォーマルなネットワーキングが社会の主流になる時代には、パソコンネットワークを通して本当に信頼するにたる“電子友人”と何人知り合えるかが、個人の知的生産のレベルを規定することになろう。


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