企業経営にとって、二十一世紀が夢物語の世界ではなく、長期的視野から到達を目指すべき現実的なゴールとなってきた。しかし、工業社会から情報社会へと構造変動を遂げつつある、数百年に一度ともいうべき転換期の経営環境の中で、二十一世紀に向け未来型企業として生き抜いていくことは並大抵のことではない。今、あらゆる領域で既成の秩序が崩れつつある中で、すべての企業は自らの戦略ドメインを再構築し、その実現に向けて抜本的に事業構造を改革していく必要に追られている。
このような変革の時代に企業を的確に舵取りしていくためには、トップマネジメントおよびそれを支える戦略スタッフの能力が極めて重要になってくる。視界が不透明な変化の時代には、トップマネジメント機能の強化によって、目標を明確にした機動的な経営を展開していくことが何よりも求められるからである。その意味で、新しい時代のトップマネジメント機能を環境変化に能動的に対応させていく戦略的問題解決機関=チェンジ・エージェントとして位置づけていく必要があるだろう。
チェンジ・エージェントとは、単に経営企画部門とそこに配属されたメンバーだけをいうのではない。調査部に所属するインフォメーション・オフィサー(情報参謀)やR&D部門にいるテクノ参謀、あるいはマーケティング部門にいるプロデューサーなどが、トップの意思を受けて企業内外のネットワークを活用し、自主的な行動を起こすことによって企業の戦略的な問題解決に取り組むのである。このような、トップならびにそれを支える戦略部隊のことをチェンジ・エージェントというのである。チェンジ・エージェントの基本的な役割は、日常的な企業活動から離れ、企業環境変化との対応で企業が進むべき道を明らかにし、そのために関係者を説得し軌道に乗せていく戦略仕掛人としての機能を果たすことである。このような機関が必要となるのは、次のような理由からである。
転換期の複雑な環境のもとで、トップマネジメントに求められる能力は相対的に拡大してきている。現代のトップマネジメントは、時代の変化を見極める洞察力、市場のニーズを的確にとらえる問題発見能力、知的批判能力の高い新しい企業人を率いる強いリーダーシップ、技術に対する目配りをはじめとする企業内諸機能全般に対する理解力など、幅広い能力を求められるようになってきているのである。その上、最近では冒険的企業活動に対する強い情熱=企業家精神(エントラプレナーシップ)まで求められているから大変である。
このように、求められる能力が拡大してきている反面で、個々のトップマネジメントの能力は昔に比べ小粒になってきている。戦前・戦後の荒波をかいくぐってきた創業者型リーダーやカリスマ型指導者が近年いっせいに第一線を引退し、代わりに大企業の組織の中で成長した調整型のリーダーが主役になってきているからである。もちろん、引退した経営者の人たちが今バリバリの現役であったとしても、一個人の能力で企業を率いていくことはもはや困難であろう。時代は、天才型のカリスマ的経営者の存在を許すほど単純ではなくなってきているからである。
このように、環境変化の要請に対し相対的に低下しつつあるトップマネジメント機能を組織的にカバーし、秀れた戦略仕掛人の集団をゲームメーカー的に活用し、全体として企業の環境適合能力を高めようとするのが、チェンジ・エージェント設置の最大のねらいなのである。
現実の企業は、日常業務を円滑に遂行していくことによって成立している。未来への永続のために親(現)事業だけでなく、子・孫事業を発掘し、育てることが重要だからといって、今の中核事業に対して手抜きをすれば、たちまち倒産の憂き目に会いかねない。現業に携わっている人間に、既存事業の強化と並行して本格的な新規プロジェクト創出に向けた活動を行わせるのは、基本的に無理があるのである。既存事業の強化がシステムの部分改良を中心とするのに対し、革新的なコンセプトに基づく新規事業の創出には、従来のモノの見方にこだわらない新しいパラダイムを必要とする。したがって、両者の取り組みにはまるで異なった行動原理が支配しているのである。
チェンジ・エージェントは、現状肯定に陥りがちな日常業務の拘束を離れ、自社を冷たく客観視できる自由な立場から自社の未来を検討していく役割を担っているのである。
企業社会においては、現状変更の新しい試みが出てきた場合、それが革新的であればあるほど強いフリクションが発生する。とりわけ、それが企業内における現状の勢力関係の変更に直接的に結びつく場合はなおさらである。このような場合、最初から公式のルートで話がもち出されると、その案は最終的につぶされる可能性が高くなる。このような事態を回避していくためには、実質的な根回しや仕掛けがすむまではチェンジ・エージェントの手でインフォーマルな行動をとることが必要となる。
また、戦略的な意思決定に際しては、客観的条件としての外部の経営環境に関する情報とともに、主体的条件としての自社内部に関する正確な認識が求められる。ところが、一般に、公式ルートでは自社にとって都合の悪い情報はタイムリーな形でトップに伝わらないのが実情である。そこでチュンジ・エージェントが、日常的な観察はもとより、社内勉強会、小集団活動、組合活動、顧客との接触等あらゆる機会をとらえ、人々の本音を引き出すとともに、自社の活動の生の実態を浮きぼりにしていく努力が必要となるのである。
チェンジ・エージェントのインフォーマルな行動として、もう一つ重要な側面がある。それは社外の非公式なネットワークと接触し、多角的な情報活動を行うことである。企業の公式のつきあいの中から生じる情報については既存の組織を通して把握することもできるが、変革の新しい芽を生む可能性のあるインフォーマルな活動に関しては、接点をもたないからである。同時に、このような活動を通して外部の有能な人々を組織化し、自社がクリティカルな課題を抱えた時、実践的な情報提供やアドバイスがもらえるような仕組みをつくっておくこともまた、チェンジ・エージェントの重要な役割といえよう。
それでは、戦略的問題解決機関としてのチェンジ・エージェントに所属する新しいプロフェッショナルはどういう人たちなのだろうか。次に、それについて見てみよう。
チェンジ・エージェントに要求される資質を一言でいえば、彼らはスーパージェネラリストであるということである。専門としては各々マーケティング、R&D、情報などの得意分野をもつが、何よリも高い志と包括的な認識枠組をもち、思考技術を駆使して広範な領域にわたる問題解決に実践的に取り組むことのできる新しいタイプのプロフェッショナルなのである。特に、次の四つのタイプが典型的なチェンジ・エージェントとして今、求められている。
経営企画の中枢スタッフとして、トップマネジメントの戦略的意思決定を補佐する役割を担うチェンジ・エージェントである。企業内外のネットワークの結節点にいて、企業の抱える様々な問題の解決を実質的に推進していく役割を担う人である。トップマネジメントを補佐する陰の仕掛人として、トップの強味や弱味を徹底的に知り抜き、状況に応じた的確なアドバイスを与えることが求められる。
このような極めて困難な仕事に従事する戦略参謀にとって必要不可欠な能力は、次の三つである。まず第一は、問題発見能力である。自社をとりまく様々な事柄の中から、一体何が問題なのか重点を絞れる能力である。第二は、コンセプト構築力である。様々な情報を取拾選択するプロセスを通して立体的に意味づけ、簡潔なキーワードや概念にまとめていく力である。第三は、当たり前のことであるが人を見抜く眼力である。企業活動の成果は最後は人に帰着するのであるから、誰に何をどこまで任せうるかを知らないと手の打ちようがないのである。
情報スタッフを指揮しながらトップの求める情報を的確に入手し、戦略構築に必要な高度の情報(コーポレート・インテリジェンス)に磨きあげて、適切な助言を行う役割を担う人である。情報・通信ネットワークや外部データベースの整備に伴って、トップが情報洪水におぼれかねない状況が出ているだけに、情報参謀の役割は極めて重要になってきている。
世界中のデータベース(現在約二〇〇〇あるといわれている)や、自分なりに作成したキーマンに関する人脈データベースを自在に活用しながら的確に情報源にアプローチし、少ない費用で早く必要な情報を入手(時には相手との論争的アクセスを通して情報創造することも必要となる)する能力が求められる。
日進月歩をとげる先端技術革新の展開に関する的確な読みが企業存立の条件になっている。技術屋出身のトップはまだ少数であるだけに、この面に関する技術参謀のアドバイスが重要となる。技術参謀に求められる能力は、個々の専門的な技術について深い知識をもつことではなく、技術革新の大きな潮流が把握でき、技術を経営の中に的確に位置づけていくことができることである。個別技術については、誰に聞けば分かるか自分なりの「技術者人脈」をもつことが必要となる。
開発参謀とは耳慣れない言葉であるが、トップに直属する企業内フリーランサーとして自由にマーケティングやR&Dの現場を徘徊し、卓越したアイディアを拾い上げてできるだけドラフトの形でトップに届け、企業のプロダクト・イノベーションを促進する役割を担う人である。プロデューサーとかコーディネーターという名で呼ばれる人たちの上級職である。
わが国の企業では、アイディアが現実とかけ離れたものであるほど、公式ルートには乗らないでボツになるケースが多い。また仮にルートに乗ったとしても、上に行くにつれてだんだん無難なモノに化けてしまう風土がある。したがって、このような弊害を克服していく上で当分の間、開発参謀の果たす役割は極めて重要だといえよう。
以上、代表的な四つのチェンジ・エージェントについて見てきた。彼らは単なるテクノクラートとしての無機的なエリートなのではなく、知的感受性と知的度胸を併せもった志の高い“現状変革人”なのである。日本の企業では、いまだにラインの長に対する抜き難い信仰が存在し、そのことが専門家の育成にとって阻害要因になっているだけに、少数精鋭のチェンジ・エージェント部隊が的確に役割を果たせば、スタッフの人々のモラールは向上し、真剣にキャリア向上を図るに違いない。
これからの企業は、多くの企業内企業の集合体として活動を展開していくことになる。トップの補佐官としてだけではなく、情熱あふれる企業内企業家(イントラプレナー)のアドバイザーとしてのチェンジ・エージェントの役割もますます大きくなるであろう。