二十一世紀に入ると、圧倒的に増大する自由時間のもとで、人々が自己実現に向けで多彩な取り組みを行う機会開発を支援していくことが、企業にとって最大のビジネスなるだろう。このような機会開発産業分野のビジネスにおいては、良い製品をより安くつくるハード中心のアプローチよりも、人々の感性や知性にフィットする製品・サービスをつくり出すという、ソフト中心のアプローチのほうが重要になっでくる。そうなると、当然のことながら、知的生産中心のものの考え方が要請されることから、従来の企業戦略の枠組にも大幅な変更が求められるようになってくる。とりわけ、「企業組織のあり方」「社会と企業との関わり」「企業戦略の方法論」に革新が必要になってくる。ここでは、機会開発時代をたくましく生き抜く未来型企業=ホロニック・カンパニーにとって欠くことのできないこの三つの側面に関する、新しい企業戦略の方向についてまとめておこう。
機会開発産業においては、企業の提供する財が製品であれサービスであれ、典型的な多品種少量生産を求められる。しかも、人々の欲求の高度化に伴って製品やサービスに絶えず新しい何かを求める傾向が強まるから、商品のライフサイクルはますます短くなることが予想される。このような機会開発産業の特性が、企業に対し市場の変化や多様性に敏速に、しかも戦略的に対応できる柔軟な組織をもつことを要求するようになってくるのである。
それでは未来型企業にとって望ましい戦略型の企業組織とは、一体どのようなものなのだろうか。私は、図20に示すような形が一つの典型的なタイプになるのではないかと考えている。すなわち、戦略的な役割を担う少数精鋭のチェンジ・エージェントを中心とする本社のコーディネーションセンターのまわりに、開発部隊としての社内(外)ベンチャー、実働部隊としての社内分社(大幅に権限を委譲された事業部)や、社外分社(独立子会社)などがとりまく形である。もちろん、必要に応じてベンチャービジネスとも手を組むし、互いの経営資源を補完しあうために、他の異業種企業と連携することも珍しくはない。また、子会社は何も自社単独のものだけでなく、他の複数の企業と共同で設立する戦略子会社も出現する。このような自律性をもった企業群を情報・通信のネットワークと人事の交流で有機的に結びつけ、共通の目的に向けてグループとしてのパワーを最大限に発揮していこうとするのが、ネットワーク型戦略組織なのである。この戦略組織はグループの統合機能を担うチェンジ・エージェント制度と、グループの活力発揮の源となる企業内企業の導入に特色をもつ。チェンジ・エージュントの仕組みについては既に述べたので、ここでは企業内企業について触れておこう。

企業規模が拡大し、安定志向やリスク回避の傾向とか、意思決定手続きの複雑化や形式化などの典力型的な“大企業病症状”が現われてくると、企業のイノベーション能力が急速に低下してくる。大企業では、絶対数の上でベンチャー企業に負けないだけの革新的なアイディアは出ているのであるが、硬直化した組織のもとで結果的にアイディアが育たないことが多いのである。そこで戦略組織では、社内でプロダクト・イノベーションを促進させる仕掛けとして、社内(外)ベンチャー制を採用するのである。同時に、情熱をもった企業内企業家にベンチャー推進者の役割を任せることによって沈滞した企業内のムードを活性化していく効果も期待することができる。また社内(外)ベンチャー制度の活用は、企業家精神にあふれる人間に活躍の場を与え、企業外にスピンアウトさせないためにも重要な施策といえよう。
図でも示したように、ベンチャー制には社内と社外の二通りがある。この社内ベンチャーと社外べンチャーの使い分けについては、次のように考えられる。一般に、新しく取り組むアイディアや事業が企業の既存資源(情報資源も含む)と密接に関連し、企業内で自由に資源を活用する必要がある場合には、社内ベンチャーのほうが有利である。その典型例は、スリーエムのアーサー・フライが開発した「ボスト・イット」である。このケースの場合、コーティングというスリーエムの基盤技術の一分野である強力接着剤の開発過程で、同僚がたまたま作ってしまった「はがれやすい接着剤」に目をつけ、これを利用したことが成功の要因になっている。まさに、このケースは内部資源の有効活用そのものであるといえよう。
これに対して、IBMがパソコン開発のために設置した独立事業部−−IBU(Independent Business Unit)の場合は、社外ベンチャー活用の典型例である。大衆向けのパソコン生産は、同社の高価な注文生産のプロセスとは全く異なる低コストの量産を必要とし、既存のR&Dや製造の経験はかえってマイナスであった。そこでIBMは、IBUと称する特別な部門をニューヨーク州から遠く離れフロリダに創設し、従来のIBMのもつノウハウから全く独立してパソコン開発に取り組ませ、大成功をおさめたのである。このように、全く新しい立場からの取り組みが求められ、従来の経験がむしろマイナスになる場合には、社外ベンチャーを設立すべきであろう。
いずれにせよ、企業内部から創造的革新をなしとげようとする困難な課題に挑戦する社内(外)ベンチャー制度が成功するためには、それなりの条件が必要となる。第II章で紹介した『イントラプレナーリング』の著者ピンチョーは、企業内企業家が生まれる企業内環境の必要条件として何よりも自由が大事だと説き、次の一〇のファクターをあげている。(“Intrapreneuring”一九八〜一九九ページから引用)
ピンチョーの掲げた一〇の要因は、既存の大企業にとっていずれも容易に実現できるものではない。しかし、最近になってわが国では、ハイテク関連企業に多かった社内ベンチャー制度が新日鉄、石川島播磨重工業、旭硝子など、いわゆる「重厚長大」型企業においても採用されるようになってきた。まさに、様変わりの感がする。ハイテク時代において、企業が内部から本格的な製品革新を生み出すためには、もはやどんな企業もピンチョーの指摘する環境整備を避けて通るわけにはいかなくなっているのであろう。
大企業が組織を再活性化し、既存事業の基盤を強化していくためには、巨大な組織を適当な規模の集団に分割し、そこに大幅に権限を委譲することしかない。いわゆる社内分社(企業内企業)を創り出すのである。典型的な例は、八四年七月から「チャレンジ一〇〇」と呼ぶ社内活性化運動を始めた川崎重工業である。同社では、製品別に分かれた一五の事業部に大幅に権限を委譲し、責任体制を明確にした。各事業部長は購買・生産・営業・R&Dなどの機能を一手に引き受け、小さな会社の社長と同じ役割を果たすことを求められている。本社は人事と資金配分以外は口を出さないという徹底ぶりである。このほかにも、社内分社制を採用している有名な企業として、松下電器産業や立石電機があげられる。
社内ベンチャーが、モノになるかどうか不確定な領域を担当する開発型の企業内企業だとすれば、事業部(または事業本部)への権限委譲の徹底した社内分社は、現在の主力事業をより強化していく実働部隊の企業内企業として位置づけられる。また、社外に子会社を設立する場合は、本業と離れた所で新しい展開を図る必要のある戦略子会社のタイプと、扱う事業がライフサイクル上成熟期に達し、外部のよりシビアな環境のもとで採算の向上を図ることを志向する社外分社のタイプがある。以上の関係を整理すると、図21のようになる。

企業は、いうまでもなく“社会的存在”である。それは単に、企業が社会を構成する重要な要素の一つであるという消極的な意味にとどまらない。発生的に見ても、企業は、社会にとって効用の高い財・サービスを提供していくために極めて有用な装置・仕組みであるという側面をもっている。したがって、社会と積極的に関わりをもち、社会のニーズを的確に受けとめていくことが、本来、企業活動の基盤に置かれなければならない。
ところが、世の中がまだ貧しく、物財が不足していた工業社会においては、人々のニーズは比較的はっきりしていた。品質の良い製品を安く作りさえすれば、いくらでも売れたのである。したがって、企業は、外部との積極的な関わりを強化していくことよりも、企業内部(企業グループを含む)で自己完結的に精緻なまでに効率的な経営システムをつくることに全精力を傾けてきたのである。このことが、いつのまにか閉鎖的な企業コミュニティの形成に結びつき、企業が社会の論理によってでなく、「利潤極大化=効率最優先」という企業優先の論理によって行動する傾向を助長することになったのである。そのような行動によってもたらされた典型的なフリクションが、六〇年代後半から七〇年代初頭にかけて発生した環境・公害問題であり、欠陥商品問題であり、買い占め問題であったのである。企業は市民から厳しく「社会的責任」を追求され、再び強く社会を意識させられることになったのである。
ところが、不幸なことにその時の企業の社会に対する反応は、活発化する企業批判をいかにかわすかという後ろ向きで防衛的なものであった。当時、相次いで広報セクションが設立されたが、残念ながら、新しく企業と社会との調和を求めるパブリック・アフェアーズ(略称PA−−日本語では広報と訳されることが多い)が企業戦略として意識され、ビルトインされるところまでいかなかったのである。社会的責任論議が一段落すると、今度は、ニクソンショック、二次にわたる石油ショックがわが国の企業を襲うことになった。このショックを切り抜けるべく、企業は再び企業内部の経営問題の解決に専心し、社会に対する意識は相対的に希薄なものになっていった。
ところが、近年になって状況が一変した。過剰なまでにモノがあふれる中で、各社の製品が似たりよったりのものになり、改めて企業の個性が問われるようになってきたのである。社会の中に自社の個性を強く浸透させていかないと商品が売れない時代が到来したといえよう。さらに今後は、機会開発に関する人々のニーズに的確に対応する商品・サービスを供給できないと企業の存在そのものが危うくなる。“市場の復権”に伴い、企業が社会的存在として“機能”していかないと生きていけない時代がようやく到来したのである。
このような時代における企業の対社会戦略は、企業にとって文字通り生命線となるものである。対社会戦略の中核をなすのは、コーポレート・アイデンティティ(CI)戦略とPA戦略である。以下では、この二つについて検討してみよう。
CIとは、企業のロゴタイプやシンボルマークのデザインを一新することによって、イメージ革新を図るマーケティング上のテクニックだと一般に受けとめられている。しかし、CIにはもっと本質的に重要な側面がある。企業の個性を形づくる自己(アイデンティティ)革新の運動なのである。企業の個性は、巧みな宣伝・広告をうつことにたけている“表層文化企業”的アプローチによって生まれるものではない。リターン・ツー・ベーシック(基本に帰れ)という言葉があるように、市場との関わりにおいて自社の果たすべき基本的機能を確認し、そこでの血のにじむような取り組みの中から生まれてくるその企業独自の文化が、企業の個性を形づくるのである。
その意味で、本格的な機会開発時代を迎えようとしている今日、すべての企業は自社の戦略ドメインを改めて見つめ直し、新しい戦略空間を明確にしていく作業を求められているといえよう。その際、気をつけなければならないのは、企業のCIは、企業を構成するかけがえのない企業人一人一人のパーソナル・アイデンティティ(PI)の見直しを基礎とするものでなければならないということである。その点では、「ブライト・ピープル」という生活理念を打ち出した未来型企業プラスの展開を教訓にすべきであろう。
これから人々の本格的な機会開発の試みが出てくるにつれ、個別企業が市場の広い範囲にまたがる高度で複雑なニーズにすべて応えていくことは不可能になってくる。特定のニーズをもった“グループ”や階層に的を絞り、そこをどの会社よりも深く耕すことによって差別化を図るアプローチが必要となる。企業のサイドからいえば企業人の一人一人に自分は会社の場で何をやり遂げたいのか(PI)を明らかにさせ、同じような志や問題意識をもつ人々のかたまりを企業内企業として認知し、自主的に活動させていくことによって前述した特定グループのニーズに応えていくアプローチをとることが重要なのである。一つの企業体としては、このような多様な活動を営む企業内企業群を無理なく大枠でくくれるところで、的確な戦略ドメインを設定するべきであろう。どうしても一つにくくれない企業内企業が出現する場合には、思い切って会社を分割すべきであろう。そうでないと、企業のイメージが拡散し、明快な個性の形成が妨げられるからである。このようなダイナミックな取り組みの中からはじめて生まれてくるのが、かけがえのないその企業独自の個性なのであり、その形成にとってCIの役割は欠かせないのである。
“市場の復権”に伴い、社会のニーズに正しく応えていくことしか企業の生きる道のないことが改めて認識されはじめてきた。そのため、新しい企業と社会の調和を求める経営管理手法であるパブリック・アフェアーズがますます重要になってきている。
従来、わが国ではPAといえば、会社にとって都合の悪いことをうまく隠したり、あるいは会社の知名度向上のための活動ととらえ、企業にとって鬼より恐い存在である新聞・雑誌・テレビなどのマスコミ対策を行うことと同義に位置づけられてきた。もちろん、そのような要素もあるが、本質的には、自社と社会との間にある様々な問題をセンシティブに摘出し、社会の要求を経営政策の中に的確に先取りして組み込み、顧客や消費者、市場が求めていることへ正しく応えていくことが、PAの役割なのである。その意味で、これからの企業におけるPA戦略の展開においては、特に次の三点に関する取り組みを強化していく必要があろう。
最初の課題は、企業活動の中に戦略的問題管理−−SIM(Strategic Issue Management)を確立していくことである。SIMは、社会変化を先取りして解決していくための手法で、定期観察のなかから自社の経営に関わる社会の変化を早期に発見し、PR技術を駆使したコミュニケーション手段を用いて発生源に働きかけ、問題を未然に防止しようとするものである。現在のように急速な環境変化のもとで既存の秩序が大きく崩れつつある時代には、いつ何時、自社にとって不利益な事態が発生してくるか分からない。それだけに、早期警戒体制をしき、フリクションを事前に防止していく組織的なアプローチであるSIMの重要性が高まっているのである。
二番目の課題は、活発化しつつあるインフォーマルなネットワーキングの活動に対する取り組みを強化していくことである。機会開発に関するビジネスの展開にとって、人々が既存の枠組にとらわれないで、自由に触れ合う活動の中から生まれてくる多くのアイディアやヒントが必要不可欠だからである。PAとは、もともと非市場的側面を中心とする企業の社会環境対策活動のことを意味している。したがって、企業の伝統的な諸機能が取り組みをなおざりにしてきたインフォーマルな人々の活動分野ヘアプローチしていくことは、PA部門に課せられた極めて重要な任務といってもよいてあろう。その意味で、これからのPA担当者は単なる広報マンから脱皮し、インテリジェント・オフィサーとしての役割も担うことが求められているといえよう。
最後の課題は、企業内におけるPA体制の確立に関してである。何よりも重要なことは、経営戦略の中にPAを的確に位置づけ、トップポリシーを明確にし、広報と宣伝を有機的に連携させ、総合的な施策を展開していくことである。そのためには、トップに近いところに独立したPA組織を設置し、PA担当者をチェンジ・エージェントとして活用していくことが必要となろう。
今、企業では新しい戦略策定技法が求められている。情報社会の本格的幕開けのもとで、融業の時代といわれるように企業をとりまく環境が大きく変化し、すべての企業が積極的な自己変身を遂げることを要求されているからである。
これまでの企業の長期計画策定方法は、現状延長型、部門計画積み上げ型、計数重視型を特徴としていたから、現在のような未体験の構造変動が進む状況のもとでは、まるで役に立たなくなってきている。
今、企業にとって必要なのは、環境を徹底して読むことによって、将来に蓋然性の高いトレンドを見出し、それを有効な戦略に結びつけるとともに、重点志向に基づく戦略の実現プロセスでは、戦略との対応でセンシティブに環境変化の予兆をかぎとり、具体的行動にリアルタイムでフィードバックしていく一連のマネジメント・システムを確立していくことなのである。このような立場から、筆者がコンサルティング活動の中で取り組んできたアプローチ方法をまとめたものが、図22の戦略計画立案システムである。

この戦略計画立案システムの特徴は、次の通りである。
まず第一は、仮説設定型アプローチを採用していることである。構造変化が進んでいる時には、いくら現状の環境を詳細に分析する“科学的アプローチ”を徹底しても、自社の望ましい将来の姿が見えてくる保証があるわけではない。むしろ、日頃の事業への取り組みの中で培ってきているキーマンの直観を仮説として集約し、それを検証するアプローチをとることのほうがより実践的である。とりわけ、現在のように変化のスピードの速い時代には、リアルタイムでの戦略対応が求められているから、なおさらこのようなアプローチが有効となるのである。
第二の特徴は、計画策定プロセスの中にシナリオ・ライティングの手法を持ち込んでいることである。現在のように環境の相が複雑な時代には、将来を予測し当てようとするのは実り多いアプローチではない。むしろ、当てることができないからこそ、あらかじめ起こりうる代替的な未来をシナリオによって描き、その中で自社にとって「機会」と「脅威」になる事柄を発見し、それへの対処の方針を計画として煮つめていくことが求められるのである。このシステムの中で取り上げているコーポレート・シナリオ(企業の将来像に関するシナリオ)とは、環境シナリオによって想定される環境変化との対応で自社の将来の状況分析を行い、未来における自社像を描くことである。自社の強みを踏まえ、「脅威」を避けて「機会」を生かし、目標を実現するという立場でシナリオを描くことによって、現実と目標とのギャップが明らかになり、問題の構造とその解決の方向が見えてくるのである。
最後の特徴は、自社の将来像に関するシナリオの分析を通して、具体的なリスク・マネジメントのシステム構築を提案していることである。構造的な環境変化のもとで企業が存続していくためには、将来に対する読みと日常の企業活動とを有機的に結びつけたトータルな対応が必要であり、そのためには前述したように、環境モニタリング・システムと不測事態への対応計画をもつことが不可欠なのである。
いずれにせよ、どんな戦略策定技法も、それ自体が“魔法のツエ”として我々の将来を明確に見通してくれ、的確な戦略を構築してくれるわけではない。やはり、最後は情熱をもって問題に取り組むスーパージェネラリストたちが、自らの英知を賭けて知的対決を行うプロセスによってはじめて、未来への洞察は可能となるのである。その意味で、機会開発時代における企業戦略は、志の高いチェンジ・エージェントの人々の双肩にかかっているといえよう。